Windows離れは進むのか? 中国・EUで広がる「デジタル主権」とOSのこれから
2026年8月、Bloombergの報道として、中国の国家安全部が一部の政府機関に対し、Microsoftの「Windows 10 China Government Edition(中国政府版Windows 10)」を廃止し、中国製Linuxディストリビューションへ移行するよう指示したと伝えられました。
一見すると「Windowsに何か重大な問題が見つかったのか」と思ってしまいますが、今回の動きは、Windowsそのものの安全性や性能が問題になっているわけではありません。
背景にあるのは、近年世界各国で重要性が高まっている 「デジタル主権(Digital Sovereignty)」 という考え方です。本記事では、この動きを整理したうえで、日本企業のIT環境づくりにどう関係してくるのかを考えます。
何が起きたのか
今回報じられた内容のポイントは3つです。
1. 対象は「政府専用版」のWindows
中国政府版Windows 10は、一般向けのWindows 10とは別の製品です。Microsoftと国有企業である中国電子科技集団(CETC)が2016年に設立した合弁会社「C&M Information Technologies(CMIT)」が開発したもので、一般消費者向けサービスの一部削除、ライセンス認証と更新プログラムの国内管理、中国独自の暗号化規格への対応などが行われていました。
なお、一般向けWindows 10は2025年10月にサポートが終了していますが、こちらの政府版は別スケジュールで提供されてきたものです。
2. 終了時期の「前倒し」がニュースの核心
この政府版Windowsは、もともと2027年2月にサポート終了が予定されていました。今回の指示により、その時期が2026年内へ前倒しされる見通しです。つまり「脱Windowsを決めた」という新しい話ではなく、すでに決まっていた移行スケジュールを早めたという点が今回の変化です。
3. Microsoft側は反論している
中国当局は今回の決定についてデータセキュリティ上の懸念を理由に挙げているものの、具体的な内容は明らかにしていません。これに対しMicrosoftは、該当製品に影響を及ぼすセキュリティインシデントは把握しておらず、定期的なセキュリティ更新プログラムの提供も継続していると回答しています。
つまり、公開情報を見る限り「具体的な脆弱性が引き金になった」という事実は確認されていません。
中国政府がLinuxへ移行する理由
政府や重要インフラの立場から見ると、次のような論点があります。
- OSの開発主体が外国企業である
- ソースコードのすべてを自由に確認・変更できるわけではない
- 更新やサポートの方針を提供元企業が決定する
- 将来的な輸出規制や制裁の影響を受ける可能性がある
- OSだけでなくクラウドや認証基盤まで、特定企業への依存が深まりやすい
中国政府が問題視しているのは、Windowsという製品そのものよりも、国家の重要なIT基盤を外国企業に依存すること自体のリスクだと考えられます。
Windows 11ではなくLinuxが選ばれたことも、この見方を裏付けています。単純に「新しいWindowsに乗り換える」のではなく、供給元そのものを変える判断が下されているためです。
なぜLinuxなのか
代替候補として名前が挙がっているのは、「Kylin OS(麒麟)」や「UnionTech OS(UOS/統信)」といった中国製のLinux系OSです(中国政府は正式には移行先を公表していません)。
Linuxはソースコードが公開されているため、自国で内容を確認し、必要であれば改修できます。加えて、
- 更新サーバーを国内で管理する
- 独自のセキュリティ機能を追加する
- 国内製CPUへ対応する
- 政府専用の仕様へ変更する
といったことも比較的行いやすくなります。国家レベルで見ると、Linuxは単に「無料で使えるOS」ではなく、自分たちでコントロールできるOSという意味を持ちます。
先行していたのは欧州
こうした動きは中国が最初ではありません。むしろ海外メディアの多くは、今回の中国の判断を「欧州に続くもの」として報じています。
制度面:EU Open Source Strategy
欧州委員会は2026年6月3日、「欧州技術主権パッケージ(European Technological Sovereignty Package)」を発表し、その一環として EU Open Source Strategy(正式名称:Strategy for EU Open Digital Ecosystems)を打ち出しました。同パッケージには、半導体分野の Chips Act 2.0、クラウド・AI分野の Cloud and AI Development Act なども含まれています。
この戦略は、欧州がソフトウェア、クラウド、AI、デジタルインフラなどの分野でEU域外の企業に大きく依存していることを課題として挙げ、オープンソース技術の開発・利用を強化する方針を示しています。公共部門については、特定ベンダーへのロックインを避け、信頼できるデジタル基盤を機関や国境をまたいで再利用できるようにすることを目的としています。オープンソースが、調達の一選択肢ではなく欧州のデジタルインフラの中核として位置づけられた点が新しいところです。
実務面:すでに動いている行政機関
制度だけでなく、実際の移行事例もあります。
ドイツ・シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州は、約3万台規模の行政PCについてMicrosoft製品からの脱却を進めています。LibreOfficeへの移行は約8割まで進み、州はこれにより2026年のライセンス費用を1,500万ユーロ以上削減できると見込んでいます。2025年10月には、4万件超のアカウントと1億件を超えるメール・予定データをMicrosoft Exchange/OutlookからOpen-Xchangeおよびthunderbirdへ移行する作業を完了したと発表しました。SharePointのNextcloudへの置き換えや、デスクトップLinuxの検証も進行中です。
デンマークでも、デジタル省がMicrosoft OfficeからLibreOfficeへの移行を進めており、コペンハーゲンやオーフスといった主要都市も同様の方向を打ち出しています。
フランスの国家憲兵隊は、2000年代半ばから「GendBuntu」と呼ばれるLinux環境への移行を進め、10万台規模で運用してきた先行事例です。
つまりEUでも、「Microsoftを使ってはいけない」という話ではなく、「Microsoftが使えなくなっても行政や企業活動を継続できる状態を作る」 という方向へ進んでいると見ることができます。
Windowsの何が問題なのか
ここまで読むと「Windowsにはセキュリティ上の問題があるのでは」と感じるかもしれません。しかし、Windowsそのものが危険なOSというわけではありません。
現在のWindowsには、Microsoft Defender、BitLocker、Secure Bootなど多くのセキュリティ機能が搭載されており、一般企業や個人が利用するOSとして非常に成熟しています。対応するソフトウェアや周辺機器が圧倒的に多いことも大きな強みです。
問題になるのは、政府や重要インフラのような環境で、OS、Office、認証、クラウド、データ保存まで一社に依存してしまうことです。
例えば、
Windows
↓
Microsoft 365
↓
Microsoft Entra ID
↓
OneDrive・SharePoint
↓
Azure
という構成にすると、非常に便利で管理もしやすくなります。一方で、システムの多くを一社に依存することにもなります。料金体系の変更、サービスの終了、仕様変更、政治的な輸出規制などが発生した場合、その影響を大きく受ける可能性があります。
国家レベルでは、こうした「依存そのもの」がリスクとして認識されるようになってきています。
それでもWindowsがすぐになくなることはない
では今後、WindowsはLinuxに置き換わっていくのでしょうか。少なくとも一般企業や個人向けPCでは、Windowsが急速に使われなくなる可能性は低いでしょう。
最大の理由は、OSそのものではなく、Windows上で動作しているソフトウェアです。企業では今も、
- Microsoft Office
- Excel VBA
- Access
- Adobe製品
- CAD
- 会計ソフト
- 業務専用アプリケーション
- Active Directory
- プリンターやスキャナーなどの周辺機器
など、Windowsを前提とした環境が数多く存在します。
OSをLinuxへ変更すること自体よりも、こうした業務システムをすべて移行するほうがはるかに大きな作業です。先に挙げたシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州でも、Office移行の残り2割は特定業務アプリの技術的依存が理由で残っており、州全体の取り組みは10年以上に及んでいます。
そのため今後も、一般企業ではWindowsが主要OSとして利用され続けると考えられます。
一方で「OSを意識しない時代」も近づいている
興味深いのは、OSそのものの重要性が以前より少しずつ低下していることです。
以前は「Windows上でWindows専用ソフトを使用する」という働き方が一般的でした。しかし現在は、Google Workspace、Microsoft 365、Salesforce、Figma、Notion、各種クラウドサービス、Webベースの業務システム、AIサービスなど、Webブラウザ上で利用するサービスが増えています。
業務の中心がWebアプリケーションになれば、「Windowsでなければ動かない」という制約は少なくなります。さらに今後AIエージェントの利用が広がれば、
OS
↓
AI
↓
Webサービス・クラウド・API
という使い方も増えていくでしょう。その場合、利用者がWindowsなのかLinuxなのかを意識する機会自体が少なくなる可能性があります。
これからのOS市場は「WindowsかLinuxか」という単純な競争ではなく、用途や地域によってOSを使い分ける時代へ進んでいくのではないでしょうか。そして今後さらに重要になるのは、「どのOSを使っているか」ではなく、「その技術を誰がコントロールしているのか」 という視点です。
日本でも考えておくべき「依存」の問題
日本では、中国のようにWindowsを国産OSへ置き換える大規模な動きは、デスクトップOSに関しては見られません。Microsoft、Google、Amazonなどのサービスを利用することで得られる利便性は非常に大きく、それらを単純に排除することが現実的とも言えません。
ただし、クラウド基盤の層では動きがあります。
デジタル庁は2026年3月27日、さくらインターネットの「さくらのクラウド」がガバメントクラウドの全技術要件を満たしたことを確認し、本番環境の提供が可能になったと発表しました。国内クラウド事業者としては初めてで、AWS、Google Cloud、Microsoft Azure、Oracle Cloud Infrastructureに続く5件目の選定となります。
ガバメントクラウドは、地方公共団体情報システム標準化法にもとづき、住民記録・地方税・国民健康保険など20の基幹業務について、1,700を超える自治体が移行する枠組みの中核です。そこに国産の選択肢が加わったことには、単なる一社の採択にとどまらない意味があります。
企業においても、
- Windows
- Microsoft 365
- AWS
- Microsoft Azure
- Google Cloud
- 各種海外SaaS
といった海外企業のサービスがITインフラの中心になっていることは事実です。
そのため今後は、「海外サービスを使わない」ではなく、「特定のサービスが利用できなくなっても事業を継続できるか」 という観点が重要になってきます。
- データをエクスポートし、他サービスへ移行できるか
- 認証基盤が止まった場合の代替手段があるか
- 特定企業独自の技術・フォーマットに依存しすぎていないか
- 契約更新時の値上げやプラン改定に耐えられるか
こうしたことをあらかじめ整理しておくことも、企業のITリスク対策(IT-BCP)の一つになっていきます。
中国やEUで進む「デジタル主権」の動きは、政府だけの特殊な話ではありません。私たち企業にとっても、便利なサービスを活用しながら、過度な依存を避けるというIT環境の作り方について、改めて考えるきっかけになりそうです。
出典
中国の動きについて
- ZDNET Japan「中国、欧州に続き『Windows』廃止に動く–『Linux』へ移行」(Bloomberg報道をもとにした記事)
- Notebookcheck「China follows Europe in switching to Linux with Windows being shown the door earlier than planned」
EUの動きについて
- European Commission「Commission boosts open and interoperable digital ecosystems for public administrations」(2026年6月3日)
- European Commission「The EU Open Source Strategy」
- Interoperable Europe Portal「Tech Sovereignty Package: EU Open Source Strategy」
欧州の行政機関の移行事例
- Cybernews「German state replaces Microsoft with open source, saves millions each year」
- The Register「Schleswig-Holstein waves auf Wiedersehen to Microsoft stack」(2025年10月15日)
- The Record「Danish government agency to ditch Microsoft software in push for digital independence」
日本の状況について
- デジタル庁「ガバメントクラウド」
- さくらインターネット「令和5年度および令和8年度 ガバメントクラウドサービス提供事業者に採択」(2026年3月27日)
- 日経クロステック「ガバメントクラウドに『さくらのクラウド』、国内事業者で初の本番環境提供」




